2016年2月15日月曜日

ブレストの小さいお店

今回はお絵かきはおやすみ。資料撮りそこねたので……。


ブレストのおはなし。


 ブルターニュ地方と言えばフランスの西を占める地域だが、そのさらに西にある県をフィニステール(Finistère)と言う。最後を意味するフィニ(fini)と大地を意味するテール(terre)を連想させるこの県は、その名前に似合った荒い海岸を持つ。その県の果てにブレストがある。軍港として有名な街だ。私はここに既に何度も足を運んでいる。
 海寄りの区画にあたるシアムは海へと続く大きな道を中心として、様々な店が並び賑やかであるが、それに対して空港に向かう反対方向の区画は過疎化が進み、入居者募集の貼り紙が至る所に貼られている。初めてブレストを訪れたとき、それは夏だったが、学生の新規入居が殺到してブレストの空き物件が激減したという記事を読んだことがあった。もちろんそれは地域紙だ。そうでなければそんな些細な事が載るはずはなかった。それがもう四年ぐらい前の話になる。だいたいの学生も卒業した。(フランスの大学は三年制)たまに寄ったときだけの観察だが、私の知る限りすでに四件ほどの店が空き物件になっていた。目に見えて増してゆく街の静けさに少し寂しさを感じる。しかし変わらないものもある。
 私が寝泊まりしているところから徒歩三分ほど、坂を上がったところに小さなパン屋がある。多くのパン屋がそうであるように、このパン屋も洋菓子を作っている。クロワッサンやパンショコラ、バゲットを販売する傍ら、チョコレート系の洋菓子を売っている。私はこの洋菓子が案外と好きだ。有名な賞をとっているわけでもなく、支店を持つようなブランドでもないのだが、どこか安心感を抱かせる懐かしさがある。例えばバタークリームでたっぷり飾られたケーキ、あるいは形が整い切れていないカップ型ケーキ。チョコレートドームのケーキもあるが、そのチョコは分厚くて硬く、フォークで叩いてもヒビすら入らない。仕方なく思い切りフォークを突きさすと、チョコが割れる前に中のケーキが潰れたりする。味は甘く、紅茶やコーヒーを横に置いていないと食べきれない。飲みながら食べても完食するのに一時間はかかる。それがよかった。小さい頃、埼玉県のとある小さな町に住んでいたことがあったが、そのときのお菓子屋さんも似たようなものだったのだ。大人からしてみれば甘ったるくて食べられないようなケーキ。生クリームみたいに日持ちしない材料は使わず、有名になろうなどといった欲もない、それでも主人の工夫は見て取れるようなケーキ。それがここにもあった。
 主人は白髪の初老、口ひげを少し生やした男性だ。たまに店の奥からウェーブのかかったセミロングの女性が出てくることがあるが、彼女が奥さんなのだろう。初めてこの店を訪れたとき、彼は私を「マドマーゼル」と呼んだ。現代において「マドマーゼル」は「お嬢ちゃん」という訳が適当だと思われる。つまるところ、女の子に使う呼び名だ。私ぐらいの歳(二十代後半)には適当ではない。けれどもそれが嫌味に聞こえないほどに彼はまっすぐな笑顔をする。
 先日、この店に寄ったとき、彼は私を「マダム」と呼んだ。服装を整えていたせいもあるだろうが、何回か通っていたのもあって顔を覚えていたようであった。ちょっとした常連さんになれたわけだ。嬉しかったもので余計なお菓子まで買いそうになったが、いつも通り小ぶりのケーキだけを頼んだ。
 あと数ヶ月でブレストに行く用事がなくなる。そうすれば私も常連でなくなる。店主の記憶からは私が消え、私の方も店は思い出の一部となり、霞んでいく。



おまけ
購入したケーキ。ほんとうに甘い。

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